しまべん発表から一年!
平成16年6月3日に笠岡市神島外浦にて笠岡市漁協が主催で「鮮魚市」が始まった。まずは定期的な日曜鮮魚市での販売を目標に掲げ、また、6月16日に岡山市のスパー「ふじうら」の新店舗として「フォーシーズン岡大通店」のオープンに合わせての「しまべん」販売の問い合わせも入った。
しかし、今後定期的に弁当を販売するとなると「調理施設の問題」「衛生管理の問題」も発生し、イベントで盛り上がって作った体制が維持できるかといえばそれは皆無である。笠岡諸島6島が出来るところが交代でつなぎをしながら体制を整えていった。
まず、高島が営業許可を受けた民宿での弁当作りを行い問題をクリアした。そして当分の間高島の弁当がしまべんのつなぎ役になりその間に他の弁当作りの体制を行った。
白石島は婦人会を中心とした体制であった関係上、常時作るとなると負担がかかりイベント時のみ公民館を使って弁当作りを行う。また、新しい動きとして旅館が製造している「とろけるこんぶ」を弁当の食材として新しいしまべん「喜こんぶ弁当」を開発し、常時提供できる体制作りを行った。しかし、個人的なもので多くの方の意見を集中して作り上げた、物に比べると少し見劣りがする感は否めない。継続を重視した新しい方向付けである。
北木島は2つの団体が2種類の弁当を制作。大浦地区を中心に作り上げた「北木の春」は大浦の婦人会を中心につくりあげたものである。ここは継続については、以前料理屋を経営していた方が飲食業許可を取り直し、常時作る体制作りを整えた。
豊浦地区を中心に作り上げた「石切べんとう」は豊浦の婦人会を中心に作り上げたものであり、日ごろはすべての方々が仕事を持っており、以後はイベント時2回弁当作りは行ったものの現在弁当は作っていない。しかし、平成17年7月に以前喫茶店だったところを営業許可をとり、地域の石屋関係者の昼食処として平成18年5月まで営業を行った。その後はその施設を使って、「しまべん」とは違う形で地域の配食サービスを行っている。
真鍋島は島の主要団体の長が中心となって応援者を募り「おふくろ弁当真鍋盛り」を作り上げた。ここも公民館の調理室を使って作っていたこともあり、イベント時のみの弁当作りとなった。その後、「しまべん」製造や「高齢者の給食サービス」や「特産品加工施設」の施設の必要性を感じ、リーダーが私費を投じてしまべん製造所として「マナコッチハウス」を平成18年4月に完成させた。建設時期と時を同じくして真鍋島に東京からの移住者の話が舞い上がり、寿し職人の久保田さんがこのしまべんを引き継ぐことになった。移住した久保田一家4人が生活するだけの収入を捻出するために、6月より週2回の高齢者を中心とした弁当サービスを新たに立ち上げると共に、マナコッチハウス2階の休憩所で昼食サービスも始めた。また、不定期ではあるが数がまとまると握りの出前も対応し、帰省シーズンの昼食の注文や法事の食事の注文も徐々に入っており、ほとんど休みなしの状況である。
平成18年8月現在の状況は、真鍋島のしまべんを中心に、北木島大浦の北木の春シリーズ、白石島の旅館が開発した「喜こんぶ弁当」、高島のグループが開発した「はるかぜ弁当」を中心に対応。イベント時に飛島・六島のしまべんが加わるという格好である。特に、飛島・六島では民間の加工施設の確保が困難ということで公民館の施設を許可を受ける方法で検討を進めている。
| 海柱べんとう(真鍋) | はるかぜ弁当(高島) | 北木の春 | ||
当初は引き合いもあったため島から外へ売りに出るという戦略を行っていたが、輸送コスト面・食中毒等の安全面を重視し、島へ来られるお客さまの昼食確保を中心に、島外は笠岡港での受け取り、土曜鮮魚市での販売に力を入れている。
また、しまべんのメニューについても元祖しまべんから改良を加えると共に季節の素材を活かした季節代わりのメニューづくりを進めており、当初のしまべんにこだわることなくそれぞれの島で新メニューを開発している。
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