「なぎさ」NO.19 「グルメ紀行」掲載原稿

幻の弁当「しまべん」

笠岡市協働のまちづくり課 海援隊グループ 守屋 基範

■はじめに

岡山県の西南端にある笠岡市は、南部は瀬戸内海に面し、西は広島県に接しています。

神島水道一体に、「生きている化石」とも言われるカブトガニが生息しており、笠岡市は「カブトガニの町」としても知られ、唯一の繁殖地として国から天然記念物の指定を受けています。

世界でひとつしかない「カブトガニ博物館」では、そうした珍しいカブトガニの生態を間近で観察することもできます。

また、日本の自然の美しさを淡い色彩と軽いタッチでやわらかく描き続けた日本画家、小野竹喬(ちっきょう)の出身地で、彼の作品を集めた「竹喬美術館」には、その代表作と言われる「島二作」も展示されています。

市の特産品としては、バラ、いちじく、ゴーヤ、はと麦茶などがあります。

笠岡市は、30有余の島を飛石状に連ねて香川県に接しており、このうち、高島、白石島、北木島、大飛島、小飛島、真鍋島、六島の7島が、人々が生活する有人島で、一部離島の市町村の中では、おそらく全国でもトップの有人離島保有市です。

笠岡市に一番近い高島は、神武天皇や「子妊石」の伝説が残り、旧石器時代から平安時代までの遺跡からは、土器・石器類が多く出土しています。

白石島は、美しい白砂の浜が広がり、平安時代からその景観美を謳われた弘法大師ゆかりの開龍寺があります。毎年8月のお盆の時期に行われる伝統行事「白石踊」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。

北木島は笠岡諸島最大の島で、島全体が花崗岩でできており、北木石の名を全国にはせる石の島です。旧暦の3月に行われる「流し雛」も有名です。

真鍋島は中世の頃、真鍋水軍の根拠地ともなった島で、四季を通じて温暖な気候を生かした花の栽培が盛んで、花の島として知られています。映画「瀬戸内少年野球団」のロケ地にもなりました。

飛島(大飛島と小飛島)は、奈良時代から栄えた島で、豊かな自然に恵まれ、干潮時には、大飛島から小飛島にかけて大きな砂州が出現します。

六島は、岡山県最南端の島で、県内では一番古い白亜の灯台があり、冬はあちこちに水仙が咲き乱れます。

これらの島々は、かつて石材業、海運業、漁業などで栄えていましたが、経済構造の変革により衰退し、昭和30年代には1万人を超えていた人口も、今では3,200人余。ここ10年で、37.4%の人口減となっています。また、高齢化率も急激な上昇を続けています。

 

■「島おこし海援隊」の結成

こういったなか、離島振興策として、平成13年4月に市長特命組織として結成したのが「島おこし海援隊」です。

この海援隊とは、島地部の行政ニーズを実際に職員の足で把握して、陸地部との行政サービス格差を是正することと、島民自らが行う島の活性化に対して協働することを任務としており、各島のコミュニティ強化や医療福祉の向上に努めてきました。

一方、島地部では「島の活性化を図るためには7島が結束してひとつになることが必要だ」ということで、島の若者を中心とした「島を元気にする会」が結成され、島を通しての大運動会を実施するなど、コミュニティの向上を図っていましたが、海援隊と協働して産業、福祉、医療等あらゆる分野で島の活性化を図っていこうと、このメンバーを中心に、平成14年8月に「電脳笠岡ふるさ島づくり海社」(通称:島海社)が結成されました。

 

■「スローライフ」・「スローフード」の島へようこそ

平成13年からの笠岡諸島の島おこしは、海援隊を中心に、島民からの要望には、とにかく隅々まで応えるという、地域に根ざした活動から始まり、地域活動全般にわたって、文字通り、島民との「協働」をすすめ、要望処理から新しい地域活動の創出へとステップ・アップしていきました。

前述した「島づくり海社」が平成14年に結成されると、これまでの、町内会や婦人会といった組織の枠を超えて、「何かやりたい!」という考えを持つ島民たちが積極的に集まって、新しい組織作りが始まりました。

この「島づくり海社」は、海援隊を中心とする本社事業と、各島での支社組織で成り立っています。主に産業興しが目的で、「儲かる事業」も大いに追求しつつ、一方で急速な過疎高齢化により、失われつつあるサービスを自分たちの手で再生しようと、福祉事業にその儲けを配分し、地域のサービスをどんどん向上させていこうという目的のもと結成されました。

例えば、高島では、島の空き家に注目しました。

外部からの移住者を募集したところ、大反響。半年で4件の空き家が全て埋まり、それ以降も問い合わせが続々と来ました。今では他の島にも広がり、北木島4世帯、真鍋島1世帯と、高島も含めて合計9世帯の方が移住され、島の生活をエンジョイしています。

真鍋島では、温暖な島の気候を利用して、4年前から「ゴーヤ」の栽培を始めました。初年度は3軒しかなかった栽培農家も、今では40軒ほどに増え、土作りから始まり、7月から10月まで週3回の出荷日には、農協がゴーヤだらけになるほどの生産量となりました。

ゴーヤは、良質なものが生食として出荷され、それ以外はスライスし、天日で干して、「干しゴーヤ」や「ゴーヤジャム」「ゴーヤうどん」「ゴーヤ飴」などに加工し、特産品として販売しています。

海援隊を配置して以来5年、島づくり海社を設立して以来4年という笠岡諸島の島おこしは、着実にステップ・アップし、行政主導から住民主導へと移行段階に来ています。

 

■5年目のチャンス

海援隊配置から5年目を迎えようとした平成17年2月、NHKから思わぬ電話が入りました。

平成17年5月29日に、BS2の9時間番組「おーい、ニッポン」で、「おーい、ニッポン 私の・好きな・岡山県」と題して、岡山県特集の放送を予定しており、その中の「とことんプロジェクト」というコーナーで、笠岡諸島6島が協働して行う島おこしプロジェクトを企画したい、という提案でした。

NHKの全国放送ということで胸が高鳴り、このチャンスを最大限に活かして行政主導からの脱却を図ろうと考え、企画づくりにとりかかりました。

 

■「しまべん」プロジェクトの発足

できあがったその企画は、駅弁に対抗して、「島の人」が「島の素材」を使って「島で」作った……「島」の弁当、「しまべん」を作ろうという企画でした。

このプロジェクトは、「しまべん」を作るための材料費であるとか、人件費はどこからも出ず、それぞれの島の有志が自腹を切りながら「しまべん」を開発し、6島を巡って食べる中継のみをNHKが行うというものでした。

放送後は、各島の有志が、ビジネスとして「しまべん」を販売することができることになりました。

これまでの事業とは違い、自分たちですべてをやりくりしなければならないというリスクを伴うプロジェクトに島民は戸惑いつつも、「ほかの島がやるなら……」「NHKや海援隊が言うなら仕方あるまい……」という思いで、3月16日に各島のプロジェクト・リーダーが一堂に会し、プロジェクト設立会議を開きました。

そして、いよいよ各島で「しまべん」開発がスタートしました。

 

■自信から不安へ……

5月29日の放送日の1週間前には、6島による毎年恒例の「島の大運動会」も開催されるとあって、超過密スケジュールの中での「しまべん」プロジェクトとなりましたが、各島の夢と希望を膨らませる大プロジェクトとなりました。

そして、その中間点である4月24日に、各島の進捗状況のチェックも兼ねて、フード・ライターで、駅弁評論家としても有名な小林しのぶさんをお招きして、「しまべん批評会」が開催されました。

目下開発中の「しまべん」を携えて、各島のリーダーが、会場となった高島へと乗り込んできました。

どの島のリーダーも「我が島が一番!」とでも言いたげな自信満々の表情でした。

ところが……。

 

〔小林氏の評価〕

高島:具体的にご飯の中身や違い、お弁当と島との関連性がわかるようにしたほうがいい。

白石島:海幸、山幸両方入っていてとても美味しいし、容器もインパクトがある。魚の燻製が特に美味しく、島の伝統が伝わる。

飛島:容器がよくない。これでは普通のお家の弁当で、自己満足にすぎない。変に凝らないで、島の名物うどんの味で勝負するべき。

六島:見た目はかわいい。ただ、鯛飯だけでも十分な印象が。ネーミングは工夫するべき。

真鍋島:船型の弁当箱は楽しい。せっかくの食材なのに、味付けがみんな同じように感じる。おかずそれぞれの味に特徴がほしい。

北木島:島の名物である石を使った箸がよい。ただ、わざわざ北木島まで行って食べたい弁当ではない。もっと惹きつけるものを。

 

白石は、島の郷土料理「もぶり」を使った弁当で比較的良い評価を受けたものの、それ以外の島は、ことごとく「酷評」をいただくはめに。

朝の自信はどこへ行ったのか?

おばちゃん弁当の域を超えない」という批評に、メンバーたちは頭を抱えました。残された時間はあと2週間。

落ち込んでいる暇なんてありません。

気を取り直して、すぐに新たな開発に取り組みました。

特に「自己満足」と酷評された飛島は、残りの2週間を「打倒小林しのぶ!」と銘打って闘志を燃やし、新たなチャレンジを試みました。

島の名物である「飛島うどん」に、トッピングで色をつけるという発想から、うどんに練りこんで色づけするという発想に変え、トマトジュース・コーヒー・コーラなど今までには考えられない材料で試作を繰り返しました。

その中で「椿の島」ということで、特産の椿油を練りこんだところ、ツヤのある麺ができあがり、また磯の香りのする青海苔を練りこむアイデアも出て、2色のうどんが誕生しました。

うどんで波のイメージを出し、麺にのせる具はタコ・エビなど「波を泳ぐ魚」をイメージして、カラフルなちらしうどんの印象を出すことに成功しました。また、うどんつゆも、とろみをつけたものに改良しました。

 

■各島自慢の「しまべん」紹介

高島「遺跡ぶらぶら三色弁当」

寿司など、日本料理の彩り用によく使われるハランでご飯を包んだ笹団子風おにぎりセット。中身はタコ飯、ひじきのおこわ寿司、ツナシの押し寿司。島の名所や旧跡をぶらぶら歩きながら食べてもらえるような携帯型のものを考案し、島のシンボル「やたがらす」の足が3本というところにも引っかけました。

 


白石島「もぶり」

島の郷土料理「もぶり」をアレンジ。「もぶり」とは「まぶす」が語源と言われる混ぜご飯のことです。ご飯に混ぜる具材はごぼう・人参・こんにゃくなどのみじん切り。海の幸、山の幸が豊富なので、ご飯の上に魚介類をのせた「海のもぶり」、山菜などをのせた「山のもぶり」、デザートにはヨモギ寒天をセットした弁当を考案。弁当箱は、島でとれた青竹を使いました。白石に伝わる国指定重要無形民俗文化財「白石踊」がモチーフ。普通の盆踊りとは異なり、いくつもの踊りが同時に行われます。そこから生み出される調和は「一幅の絵巻物」と表現されるほど。白石の「しまべん」もいくつもの料理との調和を目指しました。また、手のあいたご老人に竹を切ってもらうなど、さまざまな形で、より多くの島民が、「しまべん」づくりに参加できるよう工夫しました。

飛島「潮騒弁当」

飛島は、島の名物「飛島うどん」をアレンジ。島の特産である「椿油」と、青海苔をそれぞれ練り込んだ2色うどんで波をイメージし、その上に、波を泳ぐ魚を彷彿させる新鮮な海の幸をのせました。

うどんのつゆは、普通のつゆだとお弁当に詰められないので、とろみをつけたあんかけ汁にする工夫をしました。

飛島には、節目の行事やお客を手打ちうどんでもてなす「お接待」の習慣が残っています。嫁いだ先でお姑さんから引き継がれるうどん打ち。ですから、島のお母さんたちは皆うどん打ち名人です。この名物を使わない手はありません!

六島「めで鯛なぁ」

六島は、沖でとれる天然鯛をふんだんに使った「鯛めし」弁当。冷めても美味しく召しあがれるよう、島で採れたイタドリの漬け物を中心に、酢の物やひじき煮などを付け合わせに。島に伝わる祝い唄「ションガエ節」。その歌詞に「♪めでたいな〜めでたいな〜」とあることに引っかけて、おめでたい「鯛」を使おうということになりました。六島沖は潮の流れが速く、笠岡諸島の中でも良質の天然鯛が捕れる場所として知られています。

 

真鍋島「おふくろ弁当 真鍋盛り」

真鍋島は、郷土料理である五穀ごはん「うけぢゃ」に、魚の身を練り込んで作った「さつまみそ」がポイントです。「うけぢゃ」とは、米がとれない島だったので、かさを増すために、他の穀類を混ぜて炊いたご飯だと言われており、「うけ」は穀物を、「ぢゃ」は「茶の子」の意味を表すそうです。お弁当の器は船の形で、おかずも、島産のゴーヤや海産物をカラフルに取り入れ、美味しいだけでなく、見た目でも十分楽しめます。昔なつかしのおふくろ弁当をイメージ。

 

北木島「北木の春」

北木島は2種類の「しまべん」です。「北木の春」は、島の郷土料理「ツナシの押し寿司」と、「アサリ寿司」のセット。「旬のものを食べるのが一番美味しいから」と、季節によってお弁当に入れる素材も変えています。今回は島の春をイメージ。東京でも大阪でも島の季節を感じてもらいたい。ツナシの押し寿司(頭付)は北木島の郷土料理。

 



北木島「石切べんとう」

「石切べんとう」は、もち米を五分程度潰したおにぎり5種。中身の具はひじきの煮付、フキの佃煮、古漬け、高菜ワサビ、鶏そぼろ。これを鉄板でこんがり焼きます。見た目は「お焼き」で、ヨモギの餅でくるみます。付け合わせにはグチの3色かまぼこを。もち米が餅になる前に食べるのが美味しいと思った人たちから、オリジナルメニューを考案しようということで生まれました。ぶつぶつは石のイメージ。北木島は御影石の産地としても有名なので、石の箸、石の箸置きも付けました。

 

■「しまべん」、いよいよ完成

そして、5月12日。

市内から10名を招待して「しまべんお披露目会」を開催しました。

特に飛島の「しまべん」は、見栄え、味共に好評を得ることができ、飛島のプロジェクト・リーダーに笑顔が見えたときには、本当に安心し、胸を撫で下ろすとともに、小林しのぶ先生への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

同じ頃、「しまべん」をいかに世に売り出すかという会議が繰り返され、熱い議論が取り交わされました。

5月29日放送の「おーい、ニッポン」の番組の中で、各島の「しまべん」を、歌手の山本譲二さんが実際に6島を巡りながら食べ歩くという企画もあがり、それに合わせて各島100〜200食の「しまべん」を用意、さらには、定員総勢450名がしまべんを食べながら、島の観光とテレビのロケに参加するという3つのコースの観光ツアーを並行して行うことになりました。

果たして人が集まるかどうか……。

そんな不安とは裏腹に、ツアーには、定員を超える応募があり、「しまべん」デビューの舞台は整いました。

 

■「しまべん」、大舞台へ

5月29日当日の放送をご覧になった方もいらっしゃるかと思います。

当日は、朝10時に高島をスタートし、最終の北木島には17時ごろ入り、旅の終着点、北木島「石の特設ステージ」前には、ツアー客400名と、各島及び地元の方々600名の総勢約1,000名が集まりました。

ツアー参加者の皆様からの「しまべん」を食べての感想も総じて好評でした。

最後に各島のプロジェクト・リーダーが舞台上に上がると、司会のアナウンサーの方が、集まったツアー参加者の方々に向かって「おいしいと思った方は黄色いハンカチを振ってください!」と言いました。

すると、会場いっぱいに、黄色いハンカチが一面にはためきました。大きな感動が会場中に広がりました。

そして、エンディング。

夕焼けをバックに、70隻で編成した「夕焼け船団」の、その勇壮な姿を見たときほど、島に大きな誇りと自信を持ったことはなかったのではないでしょうか。

この「しまべんプロジェクト」は、島にとって地元のを見直すという意味と、ふるさとを愛する心を育むといった意味で大きな成果があったと思っています。

しかし、ある島のリーダーは、「舞台の上で感動する暇が全くなかった。

それよりも、次にこの弁当をどうしようかとずっと考えていた……」と漏らしていました。

第一段階として「しまべん」を完成させ、全国的にPRしていただいた、このチャンスを活かすためにも、今後、最終的な目標である「事業化」につなげる必要があります。

 

■定期的に作ってこそ「しまべん」

今年、6月5日の笠岡諸島鮮魚市では、130個の「しまべん」がなんと10分で売り切れるという盛況ぶり。6月16日、岡山市のスーパーのオープンに併せて110個用意した弁当は、1時間程度で売り切れ、NHK効果の凄さを改めて実感しました。

テレビで放送されてからは、毎日のように新聞や出版社からの問い合わせが殺到し、日々の対応に追われていますが、定期的な量産体制は未だ確立されておらず、「しまべん」は、なかなか手に入れることができない幻の弁当となってしまったのです。

体制を整えるためには、調理場所の許認可の問題、弁当作りのスタッフ確保の問題等々、挙げればキリがないですが、一つずつ解決していかない限り、前進することもできません。

ただ、最大の懸案事項であった販路の開拓の問題について、「おーい、ニッポン」のおかげで「作れば、それだけ売れる」という状態になっており、その点では、今までよりも大きく前進できていると考えています。

 

■「しまべん」を島の問題解決の手段として

たかが「しまべん」、されど「しまべん」。

例えば「しまべん」を作る施設を整備すれば、定期的に「しまべん」を販売できるだけでなく、高齢者や観光客にも飲食サービスが可能になります。

島の特産品の加工施設としても利用でき、「しまべん」作りが、島の抱える問題解決への糸口となりうるのです。

また、岡山市のスーパーへの出店は、大都市圏と片田舎を結ぶ情報拠点(アンテナショップ)としての役割も期待できます。

 

■今後の展開について

大きなイベント時にしか揃わない「しまべん」ですが、その事業者のうちの1軒は現在「しまべんハウス」を建設中です。そして、新たに1軒、独自に飲食等の営業を始めました。

団塊の世代が定年を迎え、比較的都市部に近くて便利な離島にとって、地域の特性を活かした独自のもてなしや、新たな生活空間としての可能性は、失われつつある相互扶助精神が残るコミュニティとして、今後、観光の拠点やIターンの受け入れ先等として、大きな吸引条件となると確信しています。

先日、島の古民家を利用した民宿が開業し、静かなブームを感じています。

9月中旬には、映画のロケも行われました。

将来的には、この民宿でもいつでも「しまべん」を提供できるようになればと考えています。

過疎高齢化の島ならではの、その背丈に合った昔ながらの生活――「スローライフ」を観光の全面に打ち出して、安心して食せる島の素朴な「スローフード」を楽しみながらの、癒し系の「グルメ紀行」を打ち出していきたいと考えています。

「しまべん」戦略は、島の活性化のための切り札になるか? 毎日が正念場です。

島の人々のいろいろな思いが形になった「しまべん」。是非一度食べにいらしてください。そして、島の暮らしを、私たちの思いを、感じて、味わっていただければと思います。お待ちしております。

 


この投稿は「なぎさ」NO.19 「グルメ紀行」 2005.9月発行に掲載したものです。


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