移住体験ツアーレポート
「真鍋で子育て島せんか? 体験ツアー」
岡山県笠岡市・真鍋島(笠岡諸島)


募集人員はあえて限定2組

 平成20年8月9〜10日、笠岡市真鍋島において、島に子どもを持った世帯を呼び込むための1泊2日の島体験ツアーを行ない、2世帯8名が参加した。主催したのは、平成20年6月に結成された「明日の真鍋島を創る会(代表:久一博史)」。
 笠岡諸島は岡山県の西南部に位置する笠岡市の沖に浮かぶ大小31の島からなる群島で、そのうち7つの島に約3000人が住んでいる。その1つの真鍋島は人口300人、笠岡諸島では3番目に大きい島だ。過疎・高齢化が進み、高齢化率が62.78%と極めて高い。
 そんな真鍋島では、平成17年から現在まで4世帯15名のIターンを受入れていて、その年齢層も幅広く、昨年Iターンした世帯には今年、島では3年ぶりの赤ちゃんが誕生した。(笠岡諸島4島へは平成20年12月までに延べ25世帯61人の方が移住している)
 真鍋島での移住の取り組みは笠岡諸島の他の島とは異なり、子どもを持った世帯の移住を積極的にすすめてきた。その背景には中学校の生徒数の激減という現状があり、中学校の灯を絶やさないようにするためにPTAをはじめ地域・行政が一体となって取り組んできたのである。
 今回のツアーの企画は、夏休みの期間を利用して島での生活を体験してもらおうという趣旨で計画したが、あえて募集人員を限定2組としたところに、その切実さを垣間見ることができる。1ヶ月前から募集をはじめ、当日までに定員の2世帯を確保でき、何とか事業をすすめることができた。

ある移住者の経験に基づいたツアー

 体験の内容については、昨年、神戸より移住してこられた近藤さんご一家の移住までの道のりを再現する形となった。近藤さんは昨年8月の同じ時期、保育園・小中学校のPTAが毎年行なっている真鍋の夏祭りの時にちょうど、島へ下見に来られている。家族構成はご夫婦と小学校2年、3歳の子ども2人。同じ世代の子どもをもつPTAと夏祭りを通じて交流し、下見のはずが、夏祭りのあとのPTAの打ち上げにも参加し、急遽泊り込み、翌日まで飲み明かす。島の雰囲気に魅せられ、運良くその日のうちに仕事も見つかり、そして9月はじめの運動会までには引越しをしてしまったという、超スピーディーな移住物語を持っている。
 その近藤さんの経験に基づいてスケジュール作りを行ない、島のPTAで役割分担する方法で体験ツアーを実施した。
 申し遅れたが、この事業の実施主体は「明日の真鍋島を創る会」で、2008年の6月に結成されたばかり。子どもを持った世帯を中心に、学校の先生、地域のみなさん、行政の職員で組織する地域活性化組織だ。前述したとおり、いまのままの推移で行くと2年後に中学校の生徒数が2人になるという現状を見据えて、何とかその年代の子どもを持った家族の移住を受け入れることを目的に立ち上がったもの。危機感と共にまず手がけたのこの「移住体験ツアー」であった。

夜中まで大いに盛り上がる

 ツアー当日の8月9日午前10時、広島県福山市から中室ファミリー4名が真鍋島へ到着。お母さん方が出迎え、ふれあいセンターへ案内する。中室さんはかなり以前から島暮らしを希望されていたとのことで、たいへん意欲的に島のお母さん方と話をされ、日頃の福山での子育てと真鍋島での子育てについて大いに話が弾んだ。同じ世代が悩みを聞きあうということの大切さをあらためて感じた場面で、このときにお互いの考え方がずいぶん理解できたようだ。お母さんの話し合いの最中、すでに2人の子どもたちは真鍋の子どもたちが面倒をみて外で遊んでいた。
 午後は、海水浴タイムということで、参加者と一緒に島の子どもたちも水着に着替えて、PTAのお父さんの船で島の南側の浜へ泳ぎに行った。ちょうど、真鍋中学校と県北の新見千屋中学校の交流も行なわれており、途中、中学校の生徒とも合流し、にぎやかな海水浴となった。
 午後3時ごろ、2組目の山川ファミリーが香川側から定期船で合流する。
 そして、夕方からは真鍋の夏祭りの準備。PTAも人手不足ということで、参加者のお父さん方は助っ人として焼きそばやフランクフルトを焼いたり、小中学校の先生方も一緒になって2組の家族を気遣いながら夏祭りを盛り上げた。
 夏祭りは午後8時に終了し、9時からふれあいセンターで打ち上げが行われ、PTAに混じって2組の参加者、千屋中学校の保護者の方も一緒に慰労、午前0時ごろに中締めはあったものの、午前2時ごろまで大いに盛り上った。なお、体験ツアー参加者の宿泊については、同じ子ども世代がいる家に民泊をさせていただいた。

家は物件の古いものから順に見せる

 2日目は各民泊家庭で朝食後、近藤さんの案内で真鍋島の街歩き。訪問するのは近藤さんの家、島の世話役川上さんの家、島の万屋「久乃家」、小中学校などなど。近藤さんの家で聞いた移住の苦労話はなかなか臨場感があった。参加者も日常の具体的な生活や学校の様子などについて積極的に質問をしている。
 真鍋島で空家対策事業を行なうにあたっていちばん気を使うことは、移住希望の人が島に馴染めるか否かだ。なるべく大勢の島の人に会っていただいて、いろいろな面からの意見をいただくようにするのがこのツアーの大切なポイントになる。
 そして最後に見せるのが、移住することになるかもしれない家。これは、物件の古いものから順に見せる。いい家を早く見せるとその家のことに固執し、まわりが見えなくなるのだ。家よりも何よりも、いちばん必要なのは島との相性である。
 島には現在、貸すことのできる空家が3軒ある。空家自体は100軒程度はあるが、盆や正月に短期間だけ帰る家や、なかに家財道具がある家は空家として貸していただけないのが現状だ。移住される方を増やして、粘り強く協力を求めるしかない状況にある。
 大きな課題はもう1つある。それは働く場所。子どもを持った世帯の移住となると、子どもを育てるためにお金を稼げるところがなければならない。実はこれがいちばんの問題だとも思っている。
 これまでの例をみると、ヘルパーや市の施設の清掃管理、しまべん(島弁当)の調理など、さまざまな仕事に就かれているが、こちらが仕事を用意するのではなく、Iターンされる方が島を気に入って、ぜひこの島で暮らしたいという気持ちが、島の人を動かし、島の人との協力により新しい仕事を産み出している感じがしている。

一家の移住が決定

 このツアーが終わったあと、参加された中室さんより電話があった。夏休みの最後の日曜日にもう一度島へ行きたいとのこと。近藤さんの段取りで昼はふれあいセンターでのバーベキューとなった。そこで中室さんは、先輩移住者である近藤さんや島のPTAの方々から、移住にあたってのさまざまな相談にのってもらっていたようだ。この頃すでに中室さんは、移住を決意されていたと思う。
 そしてその後、中室さんは9月の運動会の時に再度真鍋島へ、そして10月11日に福山から一家6人で真鍋島に引っ越してこられた。
 創る会のメンバーが漁船を出し、笠岡の港まで迎えに行き、2隻の船にトラックの荷物を積み込み、真鍋島へ。島へ着くころには島の人が大勢港に集まり、1時間余りで引越しの作業は終わったのだった。
 いよいよ、中室家の移住物語がスタート。小学生2年生と中学2年生の子どもたちは早速、学校で学芸会の練習。あらかじめ2人の転校を見越して先生方が配慮してくださったようで、11月8日の学芸会ではみごとな演技を披露していた。ご夫婦は11月から、奥様は地元の船着場での切符販売、ご主人は経験のある家電修理の仕事を通いでされている。
 今回のツアーではみごとに移住ファミリーを迎えることができた。何ごともあきらめないこと、そして移住者という外からの視点を多く取り入れ、それぞれの役割を自覚して取り組んだ成果だと感じている。地域には子どもがほんとうに欠かせない。中学校を存続させるために今後も粘り強く活動を続けていかなければならないと思う。中室さんも1日も早く島に慣れ、この活動に加わってほしい。子どもたちの教育確保は、島の住民、移住者、それぞれの努力がどちらも欠かせない。


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